やきもちの午後。
さっき生まれて初めて自分で餅を焼いて食べてみた。
僕は昔から餅が大好きだったが、いつも食べる時はレンジでチンして食べる。
そちらの方が手っ取り早いし、何より僕にとっての餅とは「レンジでチンした餅」だからだ。
大学の時も時折餅を買って、やはりチンして食べていた。
プライパンでは焼き餅はできないし、グリルで焼くにしても餅の様子がリアルタイムで確認できないので失敗するかもしれないと思っていたからだ。
それがさっき冷蔵庫の隅っこに残っていた餅を見つけたので、「焼いてみようかな」と思い立った。
なぜ焼こうと思ったのかといえば、多分キャンプ用に小さな焼き網を買ったからで、炭火焼き餅なんて美味いだろうなと思ってネイチャーストーブも買ったからだった。
あるいは今日も天気が良いのに仕事をする気にならなくて、この間のテント泊で底をついた山用の食料の買い出しに行ったきり、一日何もしていなかったせいかもしれない。
とにもかくにも、僕は日が傾いて空がオレンジ色に染まり始める16時ごろになって、餅を焼いたのである。
コンロに焼き網をセットして、サトウの切り餅を袋から出し、無造作に乗せる。
火をつけると表面についていた水滴がジュッと音を立てた。
しばらく中火くらいで焼いていてもなかなか漫画のようにぷくうっとは膨らまない。
ん? これやり方あってんのかな?
ちょっと不安になりながらもしばらく焼いてみる。
ぼんやり壁のシミを眺めていると、ほんのり焦げた匂いがし始めた。
試しにひっくり返してみると、下になっていた面がこんがりきつね色に焼けている。
その面をそのまま焼き続けるか、ひっくり返すかで悩んだのだけれど(漫画でひっくり返しているシーンを僕は知らない)、とりあえずひっくり返してみた。
片方だけ焼き続けると、片面が食べられなくなりそうだったからだ。
しばらくもう一歩の面を焼いていると、パリッと音を立てて餅に亀裂が入り、ふわっと膨らむ。
これが例のやつかと慌てて焼き網からはずしてみるが、どうにも箸に挟んだ時の感触が硬い。
念のためまな板の上に置いて箸で刺してみると、やっぱり中まで火が通っていない。
もう一度焼き網に戻し、弱火で慎重に焼く。
するとまた少しずつ膨らんできたので、今度こそはと箸で刺してみると、裏面まですんなり貫通した。
焼き餅の完成だ。
それを昼間に作っておいた味噌汁に入れると、ジュッと熱の覚める音がした。
よだれが出る。
人生で初めて自分で作った焼き餅は、ほんのりお焦げの香りと味がして、懐かしい気持ちになった。
こんなの、山で一人で食べたら幸せすぎてきっと泣いてしまうだろう。
確かにレンジよりは手間はかかるけれど、その分だけきちんと美味しい食べ方だと思った。
毎日が忙しいと、ついつい食事にかける時間(お金ではなく)を短縮してしまいがちだ。
でも山なり、家なりでゆっくり時間をかけて、手間もかけて(お金ではなく)食事を作ると、その時間は妙に「生きている」という感じがする。
それだけで「十分だ」と言いたくなるほど幸せになる。
今だけじゃなく、もっと年をとっても、忘れたくない気持ちだ。