ひとり部活動記録

文章書いたり、筋トレしたり、自転車漕いだり、山登ったり、基本はひとり。

【ランサーオブザイヤー2016が僕にくれたもの】

ランサーオブザイヤー2016から4日が経って、ようやくあの日自分の心の中に起きたことを整理できたので、ここに書いておきたい。

僕は授賞式の次の日の朝に逃げ帰るように新幹線に飛び乗った。その日の夜はやたらと目が冴えた。授賞式・文章講座を含め、「自分はこのままじゃダメなんじゃないか」「どうにかして変わらなくちゃいけないんじゃないか」という思いが頭の中を支配する。

しかし僕だってバカじゃない。こういう自問自答が結果的に「自分がやりたくないけど、なぜかやらなければならないと思う結論」に至る可能性を察知していた。例えば苦手な取材記事を仕事で請け負ってみるとか、講師業を積極的に展開するとかだ。こうしたアイディアはすぐに却下した。そんなこと、僕がやりたいことではない。

ただ自分がステップアップするには「外にでる」ことがキーになっていることはわかっている。そこで考えたのが「地元を知るために商店の店主に個人的に話を聞き、ブログで私的な記事にする」「自分が興味のある分野のプロに直接インタビューして、私的な記事にする」などだ。これなら楽しみながら将来的な仕事につながる可能性を積み重ねられる。

ところがその時僕の胸の中に厳然として浮き上がってきた感情がある。「そんなの怖い」だ。もしインタビュー先でヘマをして、また「あの頃」に戻ってしまったら?そんなことは考えたくもない。やりたいこと、行きたいところ、着たいもの、食べたいもの、全部が自分でわからなくなるあの頃には死んでも戻りたくない。文字どおり、死んでもだ。

悶々と午前3時まで考えた挙句、左側の歯がどんどん抜け落ちていくという悪夢を見ながら、次の日の朝を迎えた。目覚めは最悪だ。すでに予定に入っていた仕事だが、締め切りまでは余裕があるのでためらうことなく後回しにした。「自分はどんなフリーランスになりたいんだろう」「どんな将来にしたいんだろう」そんなことをぼんやり考えながら、身体中に倦怠感を抱えて部屋の掃除をしていると、ある人からこんな言葉をもらった。

「今目の前のことをきっちりやっている人間のことは、きっと誰かが見ている。そしてそういう人間のところには本人が何もしなくても自然と新しいきっかけが降ってくる」

山の中で道に迷い、半べそで歩いている時にふと人の声を聞いた時のような、そんな感覚だった。抑うつで狭まった思考が一気にこの言葉で晴れていき、ただ漠然と「ああ、そうじゃないか」と納得した。それはつまりこういうことだった。

僕はライターを始めてから、「こういうことがやりたい」「やらせてください」と言って仕事を請け負ったことはあまりない。いつも「鈴木さんやってみますか?」「興味ありますか?」「やれますか?」というクライアントからの打診に対し、「ないですけどやってみます!」と言っていただけだ。どの仕事でも「自分が読んでいて楽しいレベル」になるまでリサーチをして、誤脱もないように心がけてきた。するといつの間にか「鈴木にやらせればどんな分野でも及第点ラインの原稿を出してくる」という評価が出来上がっていた。夢中でやっていたら、そういう評価をもらえるようになった。

これがランサーオブザイヤーの受賞につながったし、それを聞きつけた友人が「そのブランド力を使って講師やれよ」という話をくれたのである。これはまさに「今目の前のことをきっちりやっている人間のことは、きっと誰かが見ている。そしてそういう人間のところには本人が何もしなくても自然と新しいきっかけが降ってくる」である。

たしかにランサーオブザイヤーに行くには大きな勇気が必要だったし、当日ですら逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。講座の前は顔から血の気が引き、ホワイトボードに板書するためのマジックのフタを3回落とした。しかしひとまず「こっちに来てみろよ」という声に対して、首を縦に振ってきたからこそ経験できたことだと思う。

「チャンスを掴みに行くことはできなくても、チャンスを受け入れるくらいはしよう」これを僕のこれからのコンセプトにしたい。もちろん座右の銘は「やりたくないこと、楽しくないことはしない」なので、これに背かない程度に受け入れるだけだが、それでもできるだけ首は縦に振る。そうすればきっと少しずつ前に進んでいけるのだと思う。

というわけでみなさんには「これあいつにやらせてみようかな」と思ったことがあったら、どんどん「こっちに来てみろよ」と声をかけていただきたい。なるべくほいほい誘いに乗っていきたいと思う。

こうした葛藤や思索ができたのは、ランサーオブザイヤーに呼んでいただいたランサーズの方々と、劇薬のような刺激をくださった受賞者の皆さんのおかげです(もちろん講座に呼んでくれた友人も)。心から感謝を申し上げます。