ひとり部活動記録

文章書いたり、筋トレしたり、自転車漕いだり、山登ったり、基本はひとり。

10kmマラソンに参加してきました。

 22日の土曜日、神戸市住吉川沿いのランニングコースを走る「第26回 KOBE住吉川ナイトラン」に参加してきました。こういった大会に参加したのは高校のマラソン大会以降初めてだったので緊張してましたが、走り出してみると結構楽しかったです。

 

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結果は参加者65人中15位で、タイムは54分18秒でした。参加人数とかコースの規模から考えると、結構緩めの大会っぽく、他の大会のリザルトで見ると大体真ん中くらいの平々凡々なタイムのようです。2143人が参加した第15回新宿シティマラソン10kmの部では866位(上位40%くらい)でした。

ただ2117人が参加した第25回おきなわマラソン10kmの部では323位(上位15%くらい)となっており、タイムというのは誰かと比べるっていうよりここから自分を強くしていくための目安でしかないんだなということがわかります。筋トレの取り扱い重量と同じ。

 

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大会エントリーを決めてから2ヶ月ほどありましたが、その間10kmをきちんと走ったのは3回ほどしかありませんでした。ただ本番はその3回とは全くの別物で、練習なら「今日はここで終わりにしよう」と思うような場面でも「絶対走り切ったる!負けへんで!」と文字どおり歯を食いしばりながら走るガッツが出てくるので、ゴールした時の気持ち良さは1人で走りこむときの比ではありませんでした。

スクワットのボトムポジションで負けそうになったのを、気合いで挙げ切ったときと同じ「自分に勝った感覚」です(なるほどわからん)。

 

参加予定だったのに大会前日に負傷した幼なじみと、暑さが苦手な恋人の応援も、くじけそうな時に「負けへんで!」と思う大きな支えになりました。応援ってやっぱすごいよなあ。クラウドファウンディングもそうだけど、応援の力を実感するたびに「足を引っ張るより、応援する人でありたいな」という思いを強くします。

 

 

とまあ、とにかく楽しい大会だったので、このまま走ることにものめりこんでいく気配です。ただ僕の走り方が悪いのか、10km以上をあまり頻繁に走ると、古傷の右膝後十字靭帯が傷んでしまい、筋トレやら山やら自転車やらに影響が出ることがこの2ヶ月でわかりました。

フォームの矯正も必要なのかもしれませんが、今はとりあえず走り以外の趣味に重きを置いて、5〜10kmのトレーニングに徹しようと考えています。今のスピードでだいたい30〜60分で終わるのもこの距離設定の魅力で、筋トレを全力でこなした後でも行く気になるので継続可能性が大きくなります。

 

例によって「ひとり部」らしく、必要以上の時間とお金と労力をかけて、いい意味でも悪い意味でもオタク的に走ることを楽しみたいと思います。とはいってもこれまでの人生、長距離走はできるだけ避けてきた男です。なので走るのが下手です。走るのが得意な人はぜひ暇なときに走り方を教えてください。

まずは5kmを23分以下、10kmを50分以下を目指したいなあ(ゆるい)

知らん間に今年の目標超えてました。

例によって新年に立てていた目標の存在を忘れていて(おい)、先日久々にチェックしてみました。するとこんな目標がありました。

 

目標:筋トレをエスカレート!

数値目標:BIG3(1RM)合計270kg(現在233kg)

 

 

BIG3というのはベンチプレス、スクワット、デッドリフトのことで、ベンチプレスは主に胸・肩・腕あたりの筋力を測る種目、スクワットは下半身、デッドリフトは下半身と背中の種目です。

パワーリフティングの世界ではこの3種目それぞれの単独での記録以外に、3種目合計の記録が競われます。僕もそれに準じて数値目標を設定したわけです。

 

で、7月現在の僕のBIG3はというと、以下のような状況です。

 

ベンチプレス:67.5kgを5回挙げるのに成功。(余裕あり)

スクワット:102.5kgを3回挙げるのに成功。(ギリギリ)

デッドリフト:105kgを5回挙げるのに成功。(余裕あり)

 

1RMというのは1回挙げるのが精一杯ということなので、おそらくこれ以上の重量が挙げられるようになっているはずです。ちなみに1RMは計算式でおおよその重量が求められるようになっていて、それに基づいて計算すると僕の各種目の1RMは以下のようになります。

 

ベンチプレス:76kg

スクワット:109kg

デッドリフト:118kg

 

これらを合計すると303kg。目標の270kgを33kgオーバーしています。達成の速度と達成率からすると、明らかに目標が低すぎたわけですが、自分の中では「スクワットで100kg挙げる」が大きな目標だったので、結構喜んでいます。

 

すでに目標の上方修正は済んでおり、今は以下の重量を目標にメニューを組んでいます。

 

ベンチプレス:85kg5回(1RM96kg)

スクワット:130kg5回(1RM146kg)

デッドリフト:120kg5回(1RM135kg)

 

合計すると377kgです。ここまでくると本当にエスカレートしてる感がありますね…。146kgって今の僕の部屋の設備では組めない重量ですし。

 

でもまあとにかく、精進あるのみです!

「困った大人」より「かっこいい大人」「楽しい大人」になりたいよね。

 今日は「困った大人」より「かっこいい大人」「楽しい大人」になりたいよねという話について、あるTweetをきっかけに少しだけ書きたいと思う。

 僕がフォローしている人がリツイートしたこのTweetを見て、僕もこの人と同じように「ストンと全てが腑に落ちた」。

幸いにも僕は仕事で「突然キレる中年」の対応をすることはないのだけど、どうして年をとるとわけのわからない方向に行ってしまう大人(笑)がいるのかという疑問への1つの答えをもらった気がしたのだ。そして自分の生活や人生についての重要な示唆も、もらった気がする。

 

この店長の説明はつまり、単調な日々、変化のない日々を送っていれば人間は自ずと「想定外の事情に直面すると脳が混乱するようになってしまう」ということを意味している。近年の研究では脳も筋肉と同じように衰えても鍛え直すことができるらしいが、それでも限界はある。

取り返しのつかないところまで退化してしまったら、どんなに今クリエイティブでも「怒り狂うばかりで何が気に入らないか説明してくれない」(説明できない)人になってしまう。そうなってしまったら僕はぜひとも自死したいが、おそらく変化を恐れるその時の僕は死すら選べない木偶の坊に成り下がっているだろう。これはなんとしても避けたい。

 

そのためには単調でない日々、変化に富んだ日々を送らねばならない。ところが今の僕は変化を恐れている、というか「疲れるからなあ」という理由で避けている。これではクソ中年まっしぐらである。

実はここ最近生活環境を変えてみた。実家のマンションの開かずの部屋を1ヶ月コツコツ掃除して住める状態にして、仕事と筋トレ以外の生活をその部屋で送るようにしたのだ。「これで何か変わるかも」という期待もあったが、一瞬で日常化してしまった。そりゃそうだ、住む町も買い物に行くスーパーも同じなのだから。これでは脳の退化は免れない。

 

もちろん小さな変化は毎日のように試みている。筋トレの種目を変えてみたり、いつも食べている鶏肉の調理方法を変えてみたり、ジョギングのルートを変えてみたり。以前読んだ本の中にはこうした変化も脳には良いらしいと書いてあったが、「想定外の事情に直面」しても混乱しないような頭にするには足りない気がする(もっとも、僕は混乱してキレるというより「困る」タイプではあるのだが)。

フレキシブルに事態に対応できる脳を維持し続けるには、より大きな変化か、そもそも予想だにしない展開ばかり起きる環境に身を置く必要がある。

そこで、だいたい以下のようなプランを考えた。

 

・1ヶ月くらい、Airbnbhttps://www.airbnb.jp/)で日本の地方部に移住して、そこで仕事をする。この場合、現在の仕事環境(デュアルディスプレイ)を実現するために、ディスプレイがわりになるノートPCをもう1台購入したい。なんならMacBook Airもう1台でも良い。

・まだ挑戦したことのない、2泊以上の山行に挑戦する。山の場合下手を打つと危ないので、歩き慣れた山域をチョイスしたい。秋口の京都一周トレイルとかなら、景色も良いし人里も近いので最適かも。

・すでに計画だけ立てている「大阪〜徳島自転車&山行ツアー」を実行に移す。友人宅と徳島剣山の小屋を駆使してフェリー、自転車、徒歩で1週間くらいかけて決行したい。危険性はほとんどないため、時間と体力との戦いになるだろう。

・趣味は類似しているが、全くジャンルの違う趣向を持つ恋人の趣味に同行する。→これについてはすでに実行予定がある。

 

ただ大きな問題がある。夏が暑いことだ(えー)。僕は夏が昔から苦手で、アウトドア趣味に傾倒している今でもそれは変わらない。なので残念ながらこれらを早急に実行に移すのは難しい。

資金面でも問題がある。独り暮らしの準備を整えるのはたとえ(笑)程度でもお金がかかった。僕の場合、こだわりが多いからなおのことだった。

7月22日に参加を予定している10kmマラソンもチャレンジといえばチャレンジだが、しばらくやってみると10kmのジョギングはすぐに日常になった。筋トレの後にやるのであまり頻繁にやると疲れがまとわりつくことになるが、その調整もできるようになっている。次の変化が必要だ。

 

したがって7月、8月あたりはおとなしくしておいて、9月あたりから定期的に「変化に頭を慣らすアクティビティ」を取り入れていきたい。

「困った大人」より「かっこいい大人」「楽しい大人」になるために。

筋トレは、ツラくない。

 筋トレをしていると必ずと言っていいほどされる質問が「何になりたいの?」「何のためにやってるの?」だ。

これを聞かれたことがない日本の筋トレ好きは、おそらく9割以上に上るだろう。それくらいド定番の質問である。

今日はこの質問への正しい回答と、僕の筋トレへの考え方について書く。

 

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僕は最近まで、こう質問されると何かそれらしい理由を探そうとしていた。「いいカラダになるため」とか「デート中に怖い人に絡まれても、恋人を抱きかかえたまま逃げ切れる筋力と体力をつけるため」とか「心身の整理のため」とか。

しかしいつもそうやってそれらしい理由を答えた後に思うのは、「いや、そんな何か目的じみたことがあって筋トレをしてるんじゃないよなあ」ということだった。

僕は、純粋に筋トレそのものが好きなのだ。だから「何になりたいの?」「何のためにやってるの?」についての正しい回答は「好きだから」である。

 

何が好きなのか?それはざっと以下の3点に集約される。

徹頭徹尾自分との戦いである。サボっても、全力を振り絞っても、全て自分に返ってくる。自分で責任が取れるし、絶対に裏切られない。筋肉は人間より信用できる。

・重量の増加や、挙上回数の増加を記録しておくことで、自分の成長を確実に体感できる。それが積み重なれば「筋肉のサイズアップ」という目に見える形でも実感できる。

単純である。もちろん筋トレにも技術は必要だが、「この筋肉を鍛える」という目的があって、「こういうトレーニングがある」という手段があるだけという意味で単純である。あとはやるだけだ。そこには「世間体」やら「大人の事情」やらは入り込んでこない。やったやつだけが結果を手にいれる。それ以外のやつに筋肉の女神は微笑まない。

 

確かに筋トレはツラい。「何になりたいの?」「何のためにやってるの?」という人たちは、なぜわざわざツラい思いをしているのかが不思議で仕方ないのだろう。

しかし筋トレでツラい思いをできているということは、それだけ努力できているということだ。前述のように筋トレの(正しい)努力は、必ず報われる。筋トレにおける正しい努力と結果のつながりは、たとえ国家権力でさえ邪魔できない。だから筋トレのツラさは結果の約束と同義なのだ。

ツラいことがツライだけになるのは、結果につながらないときと結果につながるかどうかわからないときだろう。筋トレにおいて、これらは当てはまらない。だから筋トレはツラくない。

 

  

むしろ筋トレでツラいのは「努力し続けられないこと」だ。本当は筋トレがしたいのに、やりすぎれば筋肉はつかないし、何より筋トレの質が悪くなる。いつもなら挙げられる重量が挙げられなくなる。それはつまらない。だから我慢しなくてはいけない。これがツラい。

※ちなみに「筋トレが続かない」という悩みを抱えている人に関しては「とりあえず全力で3ヶ月打ち込め」と言いたい。その頃には体の変化が感じられるようになるので、もう筋トレを止めることなんてできなくなっている。

しかし1日ないし2日程度の休養をとっていると、徐々に「筋トレしたい筋トレしたい筋トレしたい」という欲求がカラダ中にみなぎってくる。この欲求が充満した状態で筋トレに臨むと、そりゃもうめちゃくちゃ楽しい。インターバルに音楽に合わせて踊ってしまうくらい楽しい。大きな重量も挙がるし、「ヒャッハー!やったるでー!」という妙なテンションにさえなる。

 

「おいおい、こいつヤベエじゃねえか」と思う人もいるかもしれないが、仲の良い友人と飲みに行く約束をした日の17時頃のはやる気持ちと、1杯目のビールを飲んだ時の快感あたりを思い出してくれれば良い。あるいは我慢していた甘いものを1ヶ月ぶりに食べた時の気持ちでも良いだろう。それと全く同じだ。

結果、休養後の筋トレの充実感を知っていると、徐々に我慢が我慢にならなくなってくる。「この我慢の先には充実した筋トレがある」という筋トレのツラさと同じロジックになるからだ。むしろ休養日に筋トレとは別の趣味を入れたり、やりたい家事の予定を入れたりすれば、日々はどんどん充実していく。

 

こんな具合で僕にとって筋トレは、筋トレそのものを楽しむだけでなく、そのほかの生活を楽しくするための重要なアクティビティになっている。好きにならないわけがない。

 

筋トレは楽しいですよ。みんなもやりましょう。

『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』で運と自力の捉え方を学びました。

月曜日更新がずいぶん遅れてこんなタイミングになってしまった。

今月は身内の不幸があったり、一人暮らし(笑)をするための準備を急ピッチで進めたりと、かなりバタバタしたせいもあるし、ただ単に怠けていたせいでもある(主にこっち)。梅雨のシーズンの気圧の変動やばいわー。

 

今日は先日読んだ本で非常に示唆に富む言葉に出会ったので、ちょいと共有しておきたいと思う。

 

<blockquote class="twitter-tweet" data-lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">未来に向かっているときは自分の能力と影響力を信じる。過去に起きたことは、成功も失敗も運のおかげ、あるいはせいにしてしまう。ただ成功に関しては他人のおかげにもすると、良い印象を与えられる。<br><br>これ、コンパクトにまとめて座右の銘にしたいなあ。</p>&mdash; なおとさん (@kibaranai) <a href="https://twitter.com/kibaranai/status/877560337284739072">2017年6月21日</a></blockquote> <script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

 

本のタイトルは『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』。運という極めて自然現象的な要素が、私たちの人生にもたらす影響について、昨今流行りの行動経済学やらなんやらで解説したものだ。このtweetは僕がこの本の片隅に書かれている内容をテキトーにまとめたもの。要は運と自力の上手な使い分けをしようというわけだ。

 

僕は失敗すると何でもかんでも自分か他人のせいにしたがる。「自分があの時手を抜いたせいだ」とか「あいつがわけのわからんいちゃもんをつけてきたせいだ」とか。あるいは成功した場合も何かしら人為的な力の影響だと考える癖がある。

それは時に的を得ているし、自信にもつながるのだけれど、逆に他人との関係悪化や、自分との関係悪化(うつ症状)につながったりもする。

こういう問題を事前に避けられるのが「過去に起きたことについては運で理解する」という考え方だ。これを癖づけられれば、結構いろんな問題が解決する気がする。

 

そして何よりオシャレなのだ、この考え方は。だって「さすがですね」とか「鈴木さんの力ですね」とか言われた時に、「いえ、運が良かったんです」というのはいかにもカッコいい。いっそ自信さえ感じる謙虚さである。これはぜひ体得したい(下心)。

みなさんもよかったら『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』を読んでみてください。結局のところ筆者が言いたいのは別のところにあるのだけれど、紹介されている実験や研究はなかなか勉強になるものが多かったですよ〜。

 

一応、リンク貼っときます。こちら! あ、アフィとかではないんで、別にこのリンクから買わなくても構いません。