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ひとり部活動記録

文章書いたり、筋トレしたり、自転車漕いだり、山登ったり、基本はひとり。

大切な人を大切にする方法

「大切にするっていうのは、相手が大切にしているものを大切にするということだ」

 

これは少女漫画でアニメ化もしている『となりの怪物くん』という作品の中で、とてつもなく地味に書かれていた言葉です。ひとつながりのセリフでもなくて、主人公のハルと名前もない教師との間に交わされた会話を要約するとこういう意味になる、というくらい地味な扱いでした。Googleに「となりの怪物くん 名言」とかで調べても出てきません。マジで地味です。

 

でも僕の中ではこのアニメを観た時からずっと心に残っている言葉で、今でも大切にしたい人に接するときはこの言葉を思い出しながら接しています。「この人を大切にしたい」と思った時、僕はついついこの「大切にしたい」という感情に振り回されて、自分が思う「大切にする」を相手に押し付けがちです。しかし「大切にする」というのはそんな単純で手軽なものでなくて、もっと複雑なものだと思うんです。

 

これは「優しい」とかとも通じると思います。「何が優しさなのか」は一概には言えません。甘やかすことが優しさなのか、その人の将来とかを考えて厳しくするのが優しさなのか。このあたりは優しさについての永遠のテーマでしょう。

 

ただ「大切にする」も「優しい」も、常にこういった複雑な思考が必要なわけではありません。基本的には『となりの怪物くん』が言うように、「相手が大切にしているものを大切にする」をしていればOKだと思います。とはいえ、それでも自分が思う「大切にする」を相手に押し付けるよりは複雑な手続きが必要です。

 

「相手が大切にしているものを大切にする」には言語コミュニケーションなり、非言語コミュニケーションなり、相手とのコミュニケーションが必須です。そのコミュニケーションの内容も形だけ双方向なのではなくて、きちんと相手の話や意見を聞いて、理解していなければなりません。でないと「相手が大切にしているもの」なんてわからないからです。

 

これは人によっては結構難しかったりします。相手がいくら大切なものを発信してくれていても、こちらが真面目に聞かなければダメだし、こっちが一生懸命でも相手が大切なものについて話してくれなければダメです。

 

そういう難しくて面倒臭いコミュニケーションを踏んで、初めて相手を大切にすることができます。こういうコミュニケーションがうまくできる人をコミュ力あるっていうんでしょうか。僕にはそういうスキルはないので、ごく一部の人しか大切にできません。でも大切にしたいと思う人を大切にできているので、それは良しとしようかなあ。

 

これを理解すると、「自分は自分なりに大切にしているつもりだ」とか言う人がいますが、これが全く意味不明な言い分だということがわかるはずです。「自分なりに大切にする」なんてことはできないからです。新製品が売れないのに対して、開発者が「自分では良いと思ったんだけどな」と言っているのと同じです。お前が良いと思っても客が良いと思わなきゃ売れるわけねえだろ、って話です。

 

自分の肝に命じておきたいです。