ひとり部活動記録

文章書いたり、筋トレしたり、自転車漕いだり、山登ったり、基本はひとり。

【創作小説】昔書いた「カヨコ」という名のクソカワ娘の話2

※ちょっとわかりにくくなっているので補足。先週アップしたシーンは、地域のお祭りの前夜祭に、神社の境内で同級生の女子とサジとカヨコが居合わせて、倒れたサジをカヨコが医務室に連れて行った、というシーンでした。今回はその続きです。

「あ、いかん、カヨちゃん。衣装がしわになってまう」

「ええよ、もう、なんでも」

そう言ってカヨコはサジの向かいのベッドに寝転がる。

「そんなこと」

「うるさいなあ。見せたい奴なんて、もうおらへんもの」

「見たい人はいっぱいおるって」

「そんなん、どうでもええわ」

彼女は真っ白な小袖と綺麗な朱色をした赤袴を着ている。明日はこのあたりの地域の12年に一度の祭りがあり、今日はその前夜祭だ。

 前夜祭では地域の高校生までの女の子が、神を迎える境内を清めるために舞を踊る。サジたちの住む地域は子供が少ないので、けがや病気でもしていない限りすべての家の女子が巫女装束を着て一堂に会する。まだ小学校に上がる前に一度参加したときは、年上の女の人が綺麗に着飾るのを見て二人してはしゃいだものだ。一二年たった今、彼女もまた子供たちに憧れられる「綺麗なお姉さん」になっていた。

 カヨコは直截に言って美人だった。肩甲骨まで伸びた黒い髪、日本舞踊の稽古で叩き込まれた美しい姿勢、カモシカのように引き締まった長く細い脚は彼女の軽い体を躍動的に運び、するりと伸びる腕はハッととするほど白い。顔のつくりはどちらかと言うと幼く、くりくりと動く黒目は大きいし、小さな口はよく笑う。もし女の子になれるなら、サジはきっとこんな風になりたいと思う。彼の周りの男子たちもカヨコが近くに来ると落ち着きがなくなる。サジが彼女と仲良くしていると必ずと言っていいほど羨望のまなざしに突き刺され、カヨコが去っていたとたんに小突かれる。サジが憧れる男子たちも、必ずと言っていいほど彼女の後姿を眼で追う。

 

 ただでさえ美人の彼女が、それを引き立たせる和服を着るのだから、祭りのずいぶん前から男子の間では「尾崎の巫女装束(カヨコのフルネームは尾崎佳代子だ)」の話題でもちきりだった。事実彼女はいつもより美しい。普段は面倒だと言って決してしない化粧を施し、髪の毛も丁寧に梳いてから結っている。いつもこうしていればいいのだが、彼女の性格上きっとそうはならない。自分がどれほど着飾ってみたところで、上級生も吹き飛ばすような体を持つ自分では到底カヨコのようにはなれないことをサジは知っている。顔だって鼻梁はしっかりとしているし、あごの骨だったガッシリしてしまっている。同性からは羨まれても、本人からすればいやでいやでしようがなかった。

「サジこそ、明日ちゃんとしいやあ」

「わかってるわ、これでも結構練習してんねんで」

「どうやろなあ、サジっていっつも肝心なところで失敗するからなあ」

「ひどい言われようや」

同じく高校生以下の男子は明日の本祭で神を迎える儀式をするが、サジはその中の代表に運悪く選ばれてしまい、祝詞をあげる役割を任されているのである。

「練習は女人禁制やったもんなあ。サジの間抜けが見られへんかったん残念やけど、明日が楽しみやわ」

シーツに顔をうずめたままカヨコはからかった。もうだいぶん元気を取り戻した様子だ。サジはほっと胸をなでおろす。

 ベッドわきのキャビネットの上にある置時計を見ると一五時半。今日の日の入りは一七時五一分だと神主から聞いているから、もうそろそろカヨコは準備に向かわなければならない。

「カヨちゃん、時間そろそろやで」

「ほんまや、いかな。化粧も直さんといかんしなあ」

カヨコのその言葉で一気に二人の間の空気が変わる。先ほどまでの自分たちを思い出してひどく気恥ずかしい。

「あのな、サジ」

「なに」

「やっぱ、いや、やった?」

「なんのこと」

「キス、したやろ、私」

言われてみて、彼はカヨちゃんの唇の感触を思い出す。経験したことのない、柔らかくて甘い感触。正直なところ、榊原東子が相手だったら嫌悪感を抱いたに違いない。理屈がどうのと言うのはないのだが、普通の女子にキスできるほど近くに寄られるのは好きではないし、何よりファーストキスが女子相手だなんてぞっとしない。そうだ、ファーストキスだ。サジはいまさらながらにその事実に思い当たった。

「正直な話な」

「うん」

「いやではなかったんよなあ」

「なんや、煮え切らん言い方して」

「だって、榊原におんなじことされたらめっちゃ嫌やもん」

「ふーん」

サジにとってカヨコはもちろん男子ではないのだけど、多分女子でもないのかもしれなかった。あまりにも長い時間を一緒に過ごしすぎて、自分とほとんど同化しているのかもしれない。男であり、女であるという、中途半端なこの自分と同化しているなんて、カヨコからすれば気分のいい話ではないかもしれないけど。

 サジのその言葉を聞いたカヨコは、そうか、そらよかったわと顔を隠しながら言って、

「じゃあ、一応私の舞、見に来てや」

と医務室の扉を開けた。あの、とサジが声を上げると彼女が立ち止る。

「ありがとう、いろいろ」

「うん」

にっこりと優しい笑顔を浮かべて彼女は扉を閉めた。